Inspired by Nikkeinews やさしい経済学 京大教授武石彰氏
「人々が様々な仕事を一人で行うより、それぞれが専門的な仕事をして協働する方が、全体として生産性が高まり、社会が豊かになる」アダムスミスが200年ほど前に指摘した『国富論』の教えに基づき、経済活動をめぐる様々なシーンで分業が営まれている。
20世紀初頭、フォードは自動車部品はもとより、製鉄所、鉄道、船舶、森林、鉱山、ゴム農園と、原材料や輸送のための事業を手掛けていた。そのフォードも、やがては業務の範囲を絞り込んでいったように、機能を特化する企業間で協働するモデルが広がった。
武石教授は、企業間分業のマネジメントは、今革新のフェーズにあるとする。
- 境界の設定
1930年代、「取引コスト(相手の選定、契約書の作成、相手の行動監視、想定外の事態への事後調整費用など)」が鍵概念として注目された。他方、チャンドラーは大量生産・販売の実現のために、小規模な企業間の市場取引から大企業の内部へと移行され、大企業が生まれた経緯を明らかにした。
※チャンドラー(Alfred D. Chandler)はアメリカ、ハーバード大学経営学の教授で、経営史の研究家。1962年に発表された「経営戦略と組織」において、「戦略が組織を規定する」という有名な命題を導き出した■。彼の影響で、多くの企業が職能別組織から事業部制組織へと転換していった
① 量的拡大 → 管理部門の発生
② 地理的拡散 → 地域ごとに立地する現業組織の発生
③ 垂直統合 → 開発や生産等の垂直職能を統合化することによる職能性組織の生成
④ 製品多角化 → 事業部制組織の導入
これらはいずれも、企業は内部組織による効率的な分業を求めてその境界線を広げていくと論じる。一方、企業は差別化や独占的利益を求めて境界を拡大(部品生産や販売業務を内部に取り入れる例など)することで、優位性を高めることもある。 - 内部組織化の弊害
取引コスト論とチャンドラーの議論は、市場の限界と組織の長所に着目しているが、他方で市場の長所、組織の限界もある。企業の境界はそれぞれの長短を勘案して決定する必要がある。
その境界や業界や商品の特性、企業の戦略や能力によって異なる。複雑な調整を効率的に行うことに長けている企業は多くの業務を内部化できるし、製品が標準化されたI/Fを持つ部品で構成されていれば、市場取引を通じた分業のメリットが大きくなる。
なお、外部企業との分業は、「市場取引を通じて行う」ことが伝統的な考えであり、ポーターの5forceに売り手、買い手の分業相手との交渉があるのも、この考えを反映している。しかし、実際には異なる選択肢(長期的な企業間取引、特定の地域に集積した企業間ネットワークによる分業、特定の企業間の戦略的提携など)が、市場取引と内部組織の中間に位置するものとして存在する。 - 中間的な系列システム
代表例に「ケイレツ」がある。独立した企業間で、競争圧力による緊張感を担保しつつ、過度に価格を基軸とする短期的な関係に触れず、信頼を基軸とした長期的な関係を重視する点で、共同の利益の最大化を重視し、特化した投資や複雑な調整(市場と組織のいいとこどり)がが可能となる。閉鎖的関係との批判や、90年代の構造改革では両方のマイナスの悪いとこどりなどの指摘もあったが、プラスを増やし、マイナスを抑える努力と工夫により、依然として有効な分業モデルとされている(トヨタは過去20年間ほぼ一貫して調達量の六割強を系列の部品メーカーから調達し、国際競争力を維持している)。
シリコンバレーも同地の技術者、企業家、研究者の人的ネットワークを基盤とする中間的分業システムといえる。 - 内部組織の管理重要に
外部企業は競争相手ともとりひきを結ぶ可能性がある。ノンコア業務のアウトソーシングであれば心配は不要だが、リスクや投資負担から内部で抱える余裕がない場合、自社よりもすぐれた成果を出す専門企業がある場合、競争上重要な業務を外部に任せざるを得ないことがある。
その場合、逆説的なようだが、内部組織の管理が重要となる。競争力のある完成品を作るには、調達する部品の開発や生産が、他の部品のそれとうまく調整されなくてはならない。これは、完成品メーカー内部の仕事であり、調整力が高いほど、外部のすぐれた部品を調達できる。 - 「知識の分業」焦点に
知識ベースの企業理論は、企業は知識を創造していくための存在であると考える。企業の境界も、知識創造の効率的分担という観点から説明する。自らの付加価値創造や競争優位の確保に欠かせない在の生産に必要な知識については、企業は組織内部で協働しながら会得するとともに、その創造に努める。
しかし、そうでない財については、使い方を知っていれば企業はその生産に必要な知識の会得・創造にかかわる必要はない(たとえば、造船会社は鋼材の造り方を知る必要はあんく、鋼材を買ってくるだけでよい)。
この立場からすると、企業間分業のマネジメントでは、業務の分業よりも、知識の分業が焦点となる。企業がやっていることよりも、知っていることが重要になる。業務を外部の組織に任せても、関連する知識を内部で上手に創造、管理することができれば、企業は競争優位を維持し、さらにはイノベーションも主導できるからである。
イノベーションが知識の新結合によって生み出されるとすれば、知識が様々な企業の間でどのように分布し、どのように結び付けられるかは、イノベーションを実現する分業プロセスを理解するうえで不可欠な視点となる(実際に、筆者らの研究では、自動車メーカーが部品メーカーに重要な業務を任せていても、関連する知識を内部で創造・維持できれば、競争優位を実現し、イノベーションも先行できることがわかった。ほかにも、航空機エンジン、自転車部品、マイクロプロセッサーなどで確認されている)。 - 部品メーカーが主導
インテル-、業務の範囲を超えた知識を企業間分業に戦略的に活用した企業の代表例。1981年IBMがPCに参入した際にMPUの供給業者に選ばれ、PC業界のデファクトスタンダードとなった。同社にとって、MPUの性能を高め、売り続けることが成功条件。それには、MPUの進歩に合わせてPCを構成する他の部品、周辺機器も進歩をつづけてもらう必要がある。PCシステム全体の進化を、1980年代末から同社は恐る恐る、やがて積極的に担ったのが同社であった(=「プラットフォーム・リーダーシップ」byクスマノMIT教授)。
インテルはPCの進化のロードマップを示し、自ら技術開発にも関わりながら、各専門企業の性能向上を、時には圧力をかけながら、誘導し、新しいインターフェイス(USBなど)の受け入れを働きかけていった。
このリーダーシップを支えたのが、PC全体の技術革新についての同社の知識である。事業はMPUに集中するも知識の範囲は広く、事業範囲を超える知識がPC全体の進化に向けて企業間分業システム全体を牽引した。
従来型の買い手(完成品メーカー)が売り手(部品メーカー)を管理するのでもなく、既存のPCシステムの分業モデルでもなく、あくまでもPCシステムの進化(イノベーション)の分業を部品メーカーがリードする点で、ひじょうにユニークである。 - 革新を支える分業に
新しい市場や事業の創造には、直接取引のない企業、業界との調整、協働が必要になる。新しい規格のDVD市場であれば、映像コンテンツ業界との調整があり、電磁調理器の普及には、調理器具メーカーに関連製品を売り出してもらう必要がある。
こうした調整も、企業間分業のマネジメントの問題である。市場取引や内部組織の分業とは違うマネジメントが必要であり、合意形成に向けての工夫とリーダーシップ、政治的手腕も求められる。
この領域は、「ビジネス・エコシステム」という概念で議論が始まっている。関係者の共生と全体の発展という観点から、関連する企業、業界の関係を考える。他社の積極的協働を促す戦略と環境づくりが重要である一方、全体の進化に主体的にかかわっていくために、自らの内部組織のマネジメントに努力と工夫を重ね、広範囲な知識創造に取り組まなくてはならない(=外にも内にもマネジメントの質が問われる)。
欧州では、ナレッジマネジメントで蓄積した知見を、ビジネス・エコシステム創造へと転用する組織が多い。「共生」「全体的」という概念は、もともと東洋的な思想であり、デンマークのある教授は「この概念は日本人から学んだものだ」と語っていた。
日本人が世界に貢献できる、共生イノベーションモデル。しっかりと表出化していきたい。
Key Words:Business Ecosystem, 取引コスト論、チャンドラーの議論
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