Inspired by Nikkeinews 20061123 経済教室 「イノベーション 本質と課題」 薬師寺 泰造慶大客員教授
社会陳腐化を防ぐために生まれる、自然な社会行動力学について。薬師寺氏はイノベーションの源泉として、秩序の硬直性が進むとこれを正そうとする(国民に共有された)社会規範の存在が、イノベーションを採用する文化を生み出すと指摘、ユニークなイノベーション論を展開している。
例としてあげるのは、ドイツとアメリカの社会規範。ドイツ語圏からは、マルクス(新しい経済システム)、ビスマルク(新しい社会保障制度)、シュンペーター(新しい生産システム)などの著名なイノベーターを輩出しているが、その理由として三点をあげる。
- ドイツの産業革命は英国より遅れ、社会が混乱した
- ドイツは、英米のレッセフェール(自由放任)社会でなく社会の規範を優先する保守的な社会を選択した
- 保守的社会が陳腐化しないための安全弁として、つねに新しいイノベーティブな考えを必要とした
これをドイツ型イノベーションの姿に重ねると、
- 新しい科学技術で社会を混乱させてはならない
- 科学技術は社会が受容できるよう標準化し長く使い続ける
- しかし、いずれ陳腐化するのでつねにイノベーティブな科学技術の営みを並行して続け、時期が来たらスイッチして社会にあわせて標準化する
このように「保守的な社会を維持するために、イノベーションを求めるという」という「社会を持続するための安全弁が、保守と革新を綜合する動きを生み出している」と分析する。
一方、米国も特有な社会規範の中で科学技術のイノベーションに成功していると指摘。米国は英国国教会の権威に反発した清教徒によって国の形が作られ、科学技術も権威に反発しながら発達した。シリコンバレーも大きな権威に対抗する弱小なよそ者の挑戦が支えている。
イノベーションの長波サイクル
ここで、イノベーションのサイクルに着目する。英国の産業革命から今日まで、四つの長波サイクルがある。第一は、綿織物を中心とするサイクル、第二は鉄道や鉄鋼生産のサイクル、第三は化学製品や電気製品、自動車のサイクル、第四は航空機やテレビ、コンピュータなどの電子製品のサイクルである。
長波サイクル発生の説明には、弘岡正明・元神戸大学教授のプロダクト・サイクル説を引用。先進国は新製品をつくるが市場の認知が遅れるため需要カーブは遅れて成長する、売れ残った部分は中進国に輸出される。次に、製品が成熟段階に達すると中進国が自ら作り始め、輸入品を自国製品で大体する。さらに製品が標準化されると、発展途上国でも作れるようになり、需要と供給のギャップを埋めようとする。これらの遅れを伴って動く先進国、中進国、発展途上国の供給カーブを重ねると大きな長波サイクルとなる。
それでは、一つの長波サイクルから別の長波サイクルへの移行はどのように起きるのか。
同氏は、固有の社会規範によって加速されるエミュレーション(競争的模倣)という考え方で説明する。
第一の模倣
二十世紀の初頭、米国の馬車会社は欧州の自動車が米市場出売れるのでそれをもう奉仕はじめ、次第に良質な複製を作れるようになった。彼らは自動車製造組合のような産業秩序をつくり、新規参入を抑制、よそ者を排除しようとした。
接ぎ木(外部のやり方を採用し、革命的問題解決に成功する)
排除されたものが生き残るには技術でこの産業秩序を破壊するしかない。フォード二世がやったことはこのことである。鉄道用空気ブレーキ製造会社が使っていた流れ作業方式を採用し、牛肉解体用モノレールに車体をつるして工程を流した。
第ニの模倣
その結果、自動車価格は急激に下がり、フォード形式を競って模倣するようになった。
先進国の科学技術の成果をまねる過程で新規参入排斥の秩序が形成され、その破壊のため排斥されたものが外部のやり方を「接ぎ木」して問題解決に革命的に成功すると、今度はそれを競争的に模倣する第二の模倣が始まる。
ドイツは、社会の秩序交代を社会規範で決めており、自国以外で生まれた科学技術でも、次の秩序のために必要と判断すれば、社会がエミュレーションを支え奨励する。アメリカはイノベーションに関し、自国以外の国が先行すると、反権威の社会規範が働き、既存秩序の硬直性を責めエミュレーションを奨励する。米国の政治経済学者A・ハーシュマンは効した秩序の硬直性を正す国民の行為を「Voicing(文句)」と名づけた。MITの研究報告「メード・イン・アメリカ」や一昨年末にまとめられた「パルミサーノ・レポート」もその例だという。
日本では、平等主義という社会的安全弁があった。イノベーションで世界的な仕事をしようとしまいと待遇に大差はない。ただ権威付与が唯一のインセンティブであった。キャッチアップ国家の中で、このシステムは十分に機能し、日本的エミュレーションは大きな成果を挙げた。しかし、薬師寺氏は、グローバル化が進むなか、「日本の権威」に興味のない人々、国家が決めた権威よりも待遇を選ぶという世代が、日本的社会規範を歓迎するだろうかと警鐘を鳴らす。組織に縛られないヒトの流動化促進、権威主義から待遇主義への転換など、エミュレーションを活性化する社会的規範の再構築が重要と指摘する。
本論は、イノベーションを社会力学から考える興味深い指摘である。
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