Inspired by Nikkeinews 20080508 経済教室 二神孝一教授
技術革新と技術移転をめぐる南北間のせめぎあい。具体的な対立は、世界貿易機関(WTO)の貿易関連知的財産権協定(TRIPS)について、順守を求める先進国と、協定の運用の弾力化を求める途上国間の議論であるという。
この議論は、とくにエイズの世界的流行を機に活発になった。エイズのような様々な難病に効く新薬を開発するには莫大な費用がかかる。これを賄う(まかなう)ためには新薬販売で得られる利益を確保する必要がある。一方で、新薬開発に関する情報はその成分を調べれば他社が模倣できてしまう可能性がある。
だが、そうなると新薬が高価になるため、途上国は保護強化に消極的である。エイズ新薬はとくに人道上の理由からも特許による保護強化に対する批判的な意見が多く、南北間の対立は根深い。
「知的財産権の保護強化が各国の経済厚生に与える影響」を絞殺しているイスラエル大学の教授は、「新しい財の開発・革新は先進国で行われ、開発された財を途上国企業が違法に模倣する」と前提を置いた。実際、新薬開発には多額の費用がかかるため途上国で成功した国はほとんどなく、多くの国が模倣に頼っている。
このような構造下では、技術革新はどのように変化するのだろうか。
知的財産権の保護強化
→技術革新の期待利潤上昇
→短期的には先進国の技術革新を促す
→(途上国の模倣が少なくなる結果)先進国で生産される財が増え、既存の財の生産に投入される資源が増加
→先進国で労働需要が高まり、先進国の賃金が上昇
→研究開発に投入される資源が減少
→長期的には技術革新が低下する
本ケースでは、途上国の経済厚生は当然ながら悪化する。先進国の経済厚生は、技術革新の停滞で悪化する可能性も、財の生産量、価格の上昇から利潤や所得の増大を生み出し改善する可能性もある。二つの効果については、「少なくとも模倣水準が低ければ、明らかにマイナスの効果が上回る」と結論づけられている。このため、途上国には知的財産権の保護を強化する誘因は低く、途上国と先進国の合意は悲観的なものになる可能性が高い。
一方、二神教授は戦後日本の復興モデルをもとに、「技術移転は違法な模倣ではなく、ライセンスの供与か直接投資によって行われる」との前提を想定。ライセンスを取得した途上国企業が自国で生産を行い、これを政府の介入により模倣する企業よりも利潤が拡大する仕組みを構築できれば、技術移転が進み、途上国で生産される財の数が増加する。一方、先進国では生産される製品の数が減少し、より高度な技術革新に資源を投入できる。
直接投資による技術移転では、多国籍企業かした先進国の企業の途上国への進出が移転が進む。政府の介入により劣悪な模倣製品を市場から追放、移転を図る多国籍企業には有利な知的財産権の保護強化を行うことで、途上国での低い賃金とも相まってより高い利潤を獲得できる。
“知的財産権の保護強化”を途上国も思わず採用したくなる、そんなロジックの組み立てが興味深い。
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