Inspired by Nikkeinews やさしい経済学 21世紀と文明
米国兵士約4千人、イラク軍人約4万人-。
イラク戦争における被害者の数である。「大量破壊兵器」が存在しなかったことから、米政府の暴挙とする見方が広がっているが、もうひとつの側面である経済倫理の観点からこの戦争を振り返る。
最大の特徴は、民間軍事会社を積極的に利用した点にあるという。背後には、情報技術産業主導から、軍事産業主導型へと米政府が資本主義の駆動力を転換したことにある。
歴史的には、経済自由主義は植民地支配や戦争に反対し、軍事的敵対を避けて市場取引を促す政策として広く導入されてきた。兵器産業が利潤を追求するのは当然だが、軍事まで産業化され、こうした産業が貪欲に儲けようとする資本主義は、もはや倫理的とは言えないだろう。
本記事は、米政府がイラク攻撃に出た背景には、「近代社会科学」「自由経済の倫理」に対する軽視があったのではないか、と指摘する。
また、ネオコン(新保守主義の思想を信奉する政治勢力)の存在があるという。これまでの米保守主義は小さな政府、立憲主義、自立の宗教的基礎(プロテスタンティズム)を重んじてきたが、現代の新保守主義は、1970年代以降、福祉政策の宗教団体への外注、ポルノグラフィーの禁止、国家権威の再生、軍事力に基づく世界民主化などの政策を掲げ、新しいエスタブリッシュメントの政治文化を築いている。
ネオコンは、今では民主党、共和党の両翼を横断して存在し、財界・政界・学会で影響力を高めている。彼らに影響を与えたのが、シカゴ大の哲学者レオ・シュトラウスとされる。彼はギリシャ哲学を学んで美徳を身につけようとする「公儀」と、卓越性の美徳を発揮するには手段を選ばず既存の共同体を越えようとする「秘儀」があるとする。アフガン、イラクの民主化は彼らには最高の美徳を発揮することとなる。
ただシュトラウスは、イスラム社会の民主化のために暴挙を働くことをよしとしたわけではない。彼が注目したのは、西欧とイスラムの共通基盤を構築することであり、西洋とイスラムを包摂する思想を追及することであった。かつてのビザンツ帝国における共存原理を支えたマイモニデスの哲学、西欧よりも先にイスラムに根を下ろしたギリシャ哲学、こういったソフトパワーを再評価し、豊かにしていくことが、最高の美徳の発揮には欠かせないと考えていたのである。
一方で、「ネオリベラリズム=新自由主義」の存在があるが、彼らへの批判が一つのブームとなって高まりを見せている。「ネオリベでは何も問題は解決されない」というのが批判者の論である。
ネオリベは、もともとM・フリードマン(自由放任主義:レーガノミックスや、サッチャー政権、小泉政権の聖域なき構造改革の理論的支柱)やF・ハイエクらの、反・ケインズ主義=市場主義を意味していた。最近では、積極的な財政策を認めるネオケインズ主義などもその一部とされている。
ネオリベは、福祉国家(福祉と市場の関係は本記事を参照)を前提とした思想であり、英社会学者のギデンズが提唱する「第三の道(=福祉と市場の組み合わせ)」や「社会の紐帯(ちゅうたい)の強化」「人生のスタートラインを平等に」という主張は、この体制を補う主張として、ネロリベの一部とされている。
この体制に替わるものは、現時点では存在せず、これを改良しながら模索する取り組みが続くが、この体制の欠陥について、本稿は次のように指摘する。それは「グローバルな視野で見た場合、先進諸国の生活を道徳的に正当化できない点」であるという。幸せと豊かさとは生まれ落ちた国や地域と、世界経済の構造的な富の生産に依存している。
ネオリベを信奉すれば世界の貧困問題や格差問題が解決されるわけではない。日本で構造改革の必然性を「努力が報われる社会へ(竹中平蔵)」と謳っても、たまたま優位な位置にある日本に生まれ育ったことが背景にあり、グローバルには正当化されにくい。
ネオリベ体制を倫理的に強いものにするため、私たちはグローバル化がもたらす世界規模の格差、貧困問題や抑圧の問題に対処していく必要がある。しかし、貧困や抑圧は解決が大変困難な課題だ。
たとえば、アフガンやイラクの人々に莫大な贈与をせよと主張する人もいるが、寄付によって腐敗政権がうるおい、構造的な問題が加速する懸念がある。先進諸国に途上国の移民を受け入れよとの主張もあるが、言葉や文化の軋轢や社会政策の周知困難といった莫大な社会的コストが伴う。
ここで登場するソリューションは、「途上国を民主化し、近代的な諸制度を共有する」というアプローチである。本稿によれば、米国の国際政治学者ブルース・ラセットが1815年以降民主主義国家同士では正規兵1000人以上の戦死者を出すような大規模戦争は起こってないとの分析を提示。もちろん、イスラム諸国を民主化するために戦争を正当化するのでは本末転倒だが、民主化はある程度まで「少子化」「女性の社会進出」という人口学的な趨勢(すうせい)によって生じるとの分析があるという。
軍事行動に訴えるよりも、途上国における「人口抑制」と「識字率の上昇」(女性が育児から解放され、識字率が上昇し、社会で活躍するようになるとの経緯から)を手助けすることが間接的な民主化を促すと提案する。
世界銀行やIMFも、これまでの融資の在り方(ワシントン・コンセンサス)を見直して、民主化や人材養成を促す「ポスト・ワシントン・コンセンサス」の整備を進めているという。
※ワシントンコンセンサス:
冷戦末期の1980代の終わり頃、IMF、世界銀行、アメリカ政府、各研究機関(シンクタンク)の要人たちが、冷戦後の世界経済のあるべき姿を検討。主として開発途上国の扱いをどうするかの検討を重ね一つの合意に達した。この合意は8つの項目から出来ていた。財産権の保護、政府の規制緩和、政府予算の削減、資本市場の自由化、為替市場の開放、関税の引き下げ、基幹産業の民営化、外国資本による国内優良企業の合併・買収の許可である。元大蔵省財務官の榊原英資氏は、次のように説明している。要約すれば、自由な市場と適切なマクロ政策が組み合わされれば、継続的なインフレなき成長を達成できるという考えかたである。
しかし、本合意は、冷戦後の世界を経済的に米国が支配するための手段との見方もあった。貧困国よりも豊かな国々の中央銀行や民間の投資家たちの利益を優先(中央銀行が何よりも最優先するのは、滞りなく債権者に返済が行われるかで、貧困国のGDP成長ではない)しているとの実態が、アジア危機でも指摘された。
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