Inspired by Nikkeinews 20101011
玄侑宗久氏のメッセージが心に残ったので以下に記します。
何でもシステム化する動きが進み、医療の現場でも患者を目の前にしながら、データとのにらめっこに終始して、患者の顔色日取る読み取れないお医者さんが増えていないか。お布施の目安となる金額を知りたいと、Webで紹介される記事が出て、物議をかもした。お布施とは本来、葬儀や戒名への「対価」ではない。定まった金額がないからこそ、どうしたらよいのか戸惑う人はいるだろうが、思い悩むこと自体が大切だと思う。
禅では、人間の心が活発に働くことが大事だと考える。
システム化が進むと、あれこれ思い悩むことがなくなってしまう。心が死んでしまう。社会が変質し、余裕が失われ、逡巡するのを待てなくなってしまう。
システム化が進む背後の動きに注目せよという、玄侑氏のメッセージには、はっとさせられるものがありました。「もともと日本は性善説的だが、システム化の背後には人間は管理しなければならないというキリスト教的性悪説に傾いた考え方がある。無批判なアメリカ化により、欧米のシステムをそのまま輸入してきた結果と向き合い、そのおかしさに私たち自身が気付けるかどうか・・・、それが問われている」
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