Inspired by Nikkeinews 20090529 経済教室 ニコラス・スターン教授(ロンドンスクールオブエコノミクス)
スターン氏が英国政府のために1996年にとりまとめたレポート『気候変動の経済学』は、スターン報告書と呼ばれる。地球温暖化の対策による損得、その方法や行うべき時期、目標などに対して、経済学的な評価を行い、「早期かつ強力な対策」が経済学的にみて最終的に便益をもたらすという結論は、英国だけでなく世界に大きな影響を与えつつある。
報告書によると、「今世紀の中ごろまでに異常気象によるコストだけでも世界の年間GDPの0.5~1%に達し、温暖化が進むにつれてコストはさらに上昇する」など、気候変動により世界中の人々の生活基盤が脅かされていることが強調されている。さらに、現時点で行っている対策が、極めて限定的な効果しか及ぼさないことも、指摘している。
しかし同時に、「気候変動への取り組みは、長期的に見ると経済成長をも促進する」と指摘し、「早急な取り組みによってもたらされる便益が、対策を講じなかった場合の被害額を大きく上回る」ことも強調している。
同氏は、ポスト京都議定書(第三回締約国会議COP3)の議論のなかでも、今年12月にコペンハーゲンで行われる第十五回締約国会議COP15は、1944年のブレトンウッズ会議にも」匹敵する重要な国際会議となるだろうと指摘。気候変動の原因物質温暖化ガスの野放図な排出を食い止め低炭素経済に移行する好機とみる。そして、日本などの先進国は、途上国の期待を理解し、Strong Medium Turgetを掲げるべきと喝破する。
私たちは、いま大きなシナリオの岐路に立っている。低炭素経済への移行を好機ととらえ、イノベーションや新技術の開発を進めれば、今後30年以上の力強い成長が実現され、クリーンで安全で生物多様性に満ち、穏やかで心地よい社会が出現する。一方、以降に失敗すれば今後100年で五度以上平均気温が上昇、億単位の人が異動し、グローバル規模の紛争が長期化するなどのシナリオが考えられる。
現在、基準とされるのは2008年に洞爺湖サミットで福田首相(当時)が指摘したとおり、2050年までに世界の温暖化ガスの年間排出量を半減させるというもの。突出して排出量が大きい集団がないため、全世界的に「一人当たり年間排出量を平均二トンにする」というガイドが科学者からは提示されている。日本にがこの基準を達成するには、なお80%の削減(ほぼ欧州と同様)が必要だという。
経済学者スターン氏の主張は、「政府による規制」ではなく、「政府による成長志向型の景気対策(成長と雇用の機会支援)」を選択しつつ、経済活動により目標達成を進める道筋を示す。
低炭素経済への移行には多くの成長機会が潜む。「低炭素技術の活用、海外への売り込み」は競争優位となる。電気自動車やスマートグリッド(電力供給路利用を効率化する次世代電力網)への投資は今後活性化するだろう。低炭素経済に向けた明確なビジョンをいち早く掲げ、リーダーシップを発揮する姿勢は、すでに韓国企業を筆頭に見受けられる。
低炭素経済での移行過程ではある程度の混乱は予測されるものの、EUのETS(排出量取引制度)などの最新の改革からも、移行コストは必ずしも大きくないことが分かってきている。(スターン氏は、一部で行われている、移行がもたらす機会や技術的進歩、排出量取引が果たす役割などを無視したコスト偏重型モデルに基づく経済分析を批判)
低炭素経済での成長路線は、将来の成長、気候変動のリスク、さらには副産物としての効果(汚染・公害の抑制、土地利用の改善、生物多様性の回復、資源配分の公平化、国内エネルギー資源の活用拡大など)が見込まれる。エネルギー安全保障が強化され、輸入化石燃料への依存度が下がることは、世界平和の実現にもつながる。
わたしたちは今、このシナリオの絶好の時期を迎えている。排出削減の目標設定に意欲的になるべきだ。筆者の知ってている日本なら、今こそ求められるリーダーシップをとり、低炭素経済への移行を推進できるはずだ。
80年代のエネルギー効率改善を牽引したのは、ボトムアップと工程主義の「カイゼンパワー」であった。80%の削減というとてつもなく大きな目標を達成するために、このカイゼンパワー(ボトムの知恵の結集)をよりダイナミックに引き出すフレームワークが求められている。
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